早島町は、い草と共に栄えた街です
今では、町内どころ見渡してもい草を栽培している農家がなくなりました
が、ところどころに以前の面影を思い出させる場所が残っています
その時のそのひとつに「いかしの舎(や)」があります

いかしの舎は、明治末期頃建てられた建物で、寺山さんというお宅です
畳表(たたみおもて)・経糸(たていと)の問屋でした

とても趣のある家屋
ここに来ると落ち着きます

母屋にはいると、すぐに目につくのが前掛けの展示

弊社も展示して頂いてます

「五十橿舎(いかしのや)」は、「盛りに足りておごそか」という意味のようです。。。
↑の和室で先日、結婚式が行われました(^O^)/
それは、また後ほど。。。